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住まいをめぐる冒険

平日は都内の狭小住宅住まい。週末は埼玉の「ちょい郊外の基地」でリノベーション&DIYライフ。・・・2014年にここから始めた活動が、元官舎1棟まるごとリノベーションする事業に育っていきました。ブログ名も新たに(2017年6月)、移住先館山での「モノ作り・コト作り」を紹介していきます。

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住まいをめぐる冒険 〜「ちょい郊外の基地」誕生秘話〜

テーマ:その他

こんにちは。このブログも、早いものでスタートから約2ヶ月となりました。

 

はじめにお断りしておくと、今日の話題は、リノベーションに直接関係ありません。
ゴールデンウィーク特別企画(?)です。

 

 

家やマンションを買う、リノベーションなどをきっかけに、「住まいってなんだろう?」「家族ってなんだろう?」「人生ってなんだろう?」「不動産売買や金融の仕組みってそうだったのか!」なんて事を、「間取り図」「建築プラン」だったり、「30年間のローン返済予定表」やなんかを見ると多かれ少なかれ、いやおうなしに考えてしまうと思うんです。

 

今日の話題は、私のこれまでの、家族・生活・仕事・住まい・不動産・ライフスタイルの変化をめぐって逡巡してきた経緯を、「ちょい郊外の基地」サバーバンBASEを持つに至った経緯を、ざっくりとご紹介しまして、役に立つと思っていただける方にだけお届けできればいいやという割り切った趣旨です。

 

 

男30代後半。結婚した、仕事も乗ってきた。
自宅を充実させるべきか? はたまた別荘でも買っちゃうか? いやいや、今後の収入の不安はなくはないし・・・ 子どもは小さいし・・・ これから親の面倒もみないとならないかも・・・ でもオレ自身も妥協することなく人生を楽しみたい・・・ などと、モンモンと、そこはかとなく悩んでいらっしゃる方のなんかしらの参考なりヒントなりになればと思います。

 

それでは、ご興味のある方だけ、この先をどうぞ。

 

* * * * *

 

 

はじめに

 

私は今、都心の自邸と、「ちょい郊外の基地」を往復する暮らしをしているわけですが、実は今から8年前、30代の半ばの頃、海辺に別荘を建てる計画を立てた時期がありました。

 

その計画は今は頓挫しまして、海辺の別荘用に買った土地は売るに売れず塩漬けにしてしまっています。。

 

しかし、その頃に、別荘というセカンドハウスを持とうとしたこと、場所を探し回った事、建築プランを考えた事、不動産売買というものをやってみたことが、今の「ちょい郊外の基地」”サバーバンBASE”という場所を持つことにつながりました。

 

今日はその頃を回顧しつつ、なぜ景勝地の別荘をあきらめたのか、ちょい郊外の基地という選択肢につながったのか、をかいつまんでご紹介させていただきます。

 

 

都内で家が建てられないなら、田舎に買おう!

 

今から9年前。サラリーマンから独立起業して約1年。事業は順調にまわり始めました。
(注:今はまたサラリーマンしています)
サラリーマン時代に比べれば稼ぎは増えたし、時間も自分しだいだが、割と自由にコントロールできるし、土日のどっちかは必ず休める。
初めの1年は不安でしかなかったけど、これなら、起業してもなんとかやっていけるなと、思い始めた頃。

 

同級生を見渡すと、そろそろマンションだマイホームだと手を出している。じゃあ、俺も自宅兼事務所で、都内で広めの家でも買おうかな、と思い、いろいろとチラシに手を伸ばしたり、不動産屋さんをのぞいてみました。

 

高い!高い!都心だったらあれもこれもと要求を入れたら、あっという間に5000万円、7000万円、8000万円、1億円、、と規模が膨らんでいく。

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まあ、郊外とはいえ、もともと一軒家育ちだったので、「家=庭とある程度の広さがあること」が前提と考えていたからなんですが、土地で60坪、建物でも40坪ないと「家」と思えなかった。当時。(マンションは別ですが)

 

「じゃあ、いっそのこと、田舎に家を買うのはどうだろう?」

 

と、ここで気持ちを切り替えてみました。

 

家が本当の意味で必要になるのは、老後だったりするのでは。
じゃあ、場所も都内でなくていいし、都内じゃなけりゃ、かなり安いだろう。と思ったのでした。
(注:当時は子どもがいませんでした)

 

そのタイミングで見つけたのが、『いつかは海辺の家で暮らす』という書籍でした。

 

60歳手前で引退された著者が、書いた本です。千葉市の自宅、千葉県T町、ハワイ島と3つの拠点で、ゆっくりと過ごしているという本。
かなり具体的で、土地の取得、家屋のメンテナンスなんてことにも触れていました。そしてなにより素晴らしいと思ったのは人生哲学が詰まっていたことでした。

 

若い時は一所懸命働きなさい、そしてリタイヤの準備は周到にしなさい、そして早くにリタイヤしなさいと。

 

これだ~!

 

早く、若いうちに家を建てよう! そしてリタイヤ後のためにも、今建てよう! それが今の仕事の活力にもなるはずだ!

 

と、考えてそこからいろんな場所をめぐり、プランを考え、そして1年後の2007年、静かな浜に面した理想の土地を見つけたのです。
(その当時のこと、海辺の別荘ライフに興味がある方は、当時書いていた私の“塩漬けブログ”「海辺に家を建てる」をご覧ください。ちょっと恥ずかしいですけども。。)
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サンセットと富士山が見える海辺の土地を購入。しかし…

 

約150坪の土地を2300万円で購入しました。今思うとバカだな~と思うのですが、現金1500万円を出して、残り800万円はなんとカードローンで捻出したという、大バカ野郎でした。。
(現金1,500万円あったら、別の使い方がありますね。。)

 

まあ、当時は自分の事業もうまく行っていて、、毎月30万円ずつ返済すれば2年ぐらいで返せるや、なんて思っていたのです。
(あー、アホですね。。タイムマシーンに乗って説教しにいきたい。。結局そのカードローンは4年ぐらいかかって完済しました。。)

 

その土地を手にした後ですけども、オンラインの設計コンペサービスでプランを集めて、ある設計士さんにプランを依頼して、、しかしそのプラン(たしか総工費3400万円ぐらい)、銀行に相談に行ったら、ことごとく融資が通らなくて。。
直接交渉したり、不動産会社経由も入れると、銀行は全部で20行ぐらいあたりましたが、全部ダメ。。

 

この時に、事業主は金融機関からの評価は相当に低いということ(いくら今、瞬間的に稼いでいても銀行は評価してくれない)、借り入れは、特に一戸建ては、その土地に対する評価が多くを占めるということ(景勝地でも路線価が低いと銀行は評価してくれない)、そんなことをようやく知ったのが40歳ちょい手前でした。

 

 

母の病気と子どもの誕生で気づいたこと、動いたこと。

 

さらにその頃、母が病気したことをきっかけにして、どうやって両親を守っていこうかと考える中で、お金のことを、人生のことを真剣に考えるようになりました。

 

実家を売れば、ローン残債を差し引いて1500万円が余る。この1500万円で小ぶりな家を建ててあげるようか。いやいや、それでは手元にキャッシュが残らない。その後の医療費・養育費は捻出し続けなければならない。

 

親には長生きしてもらいたいけど、長生きする限り補助し続けることでもある。果たしてできるのか?

 

出した結論は、埼玉県の実家を売り、ローン返済後に余った1500万円を元に、追加で借り入れをして、千葉の田舎にアパートと戸建てを建てるというプランでした。
その場所でアパートの管理人もしてもらいつつ、アパートのキャッシュフローで生活補助してあげられるのではないかと考えたのでした。

 

こちらは、銀行融資もOK。頭金がある、事業性がある、土地の評価が付く、となるとお金って貸してくれるんですね。
そんなことも知らなかった。当時の私。

 

さらにその後、予期せず子どもができました。子どもが生まれるとあっては、現実的なことを考えていかなければならない。それまでは「太く短く3年を駆け抜けて生きよう」、と思っていたのが、急に視点が「20年先を見なければ」、となった。
せめて20年は健康で、経済的にも安定させないとならないし、できればカッコいい親父と言われるようになっていたいと。

 

そこから約1年。子どもが生まれました。そして、母は、孫の顔をたった1度だけ見て他界しました。
千葉の田舎の戸建てとアパートは完成し、父だけが住むことになりました。
(このあたりの話しは、湿っぽくなるので割愛。。)

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しかし、このアパートを建てたことが、両親の生活を守るためにと考えた仕組みが、私のその後を大きく変えていきました。

「そうか、今、俺がやっているのは、これって不動産投資なんだ」

と気づいたのです。

 

 

自らリストラ。食べていくために、充実させるために考えたこと。

 

2008年は慌ただしい年でした。アパートができて、子どもができて、母を亡くして。それに加えて秋にはリーマンショックがありました。

 

自ら立ち上げた会社は3年後に知人の会社と合併させていたのですが、この会社の事業もこれまでの収支バランスが大きく狂う事となりました。

 

年が明け、共同経営者と話し合いをした結果、私はその会社を去ることにしました。
自分が始めた事業・会社で、自らリストラすることになったのです。

 

数ヶ月間はフリーランスで仕事をしていましたが、その後、運よくある企業の新規事業に携わらせていただくきっかけに恵まれることになりました。ここで2度目のサラリーマンになりました。

 

2008年~2010年は経済的にも精神的にもしんどい時期でした。

 

以前はスタートアップベンチャー企業のサラリーマンでしたが、今度入ったのは伝統的企業のサラリーマン。
経済的にも安定しつつあったのですが、別の悩みが生まれてきました。終身雇用型の形態でもないし、来年にはポジションを追われるかもしれない。

 

 

悩んだ末に行き着いた結論は、「経済的に自由に、自由までいかなくとも、悩みを少なくする」こと。

 

家族を食べさせる、生活を安定させるための仕組みとして、不動産投資を真剣に究めようと決めたのです。
幸い、母の病をきっかけに建てたアパートが軌道に乗り、毎月いくばくかのキャッシュフローを生んでいましたし、アパート経営の一通りの流れも理解してきました。

 

そこから猛烈に不動産投資について勉強しました。

 

そして、2011年。借り入れをして、春に千葉、秋に埼玉と、それぞれ賃貸マンションを1棟づつ購入しました。
総借り入れ額は聞かないでください(笑)

 

以前、自分で事業をやっている時には、見向きもしてくれなかった銀行さんが、サラリーマンだと貸してくれるということが本当にありがたかったです。
*それだけではないんですけども、これは別の場所で、機会があれば。。
震災もあった年ですので、それなりに不安もありました。ただ、今やるしかないと思ったのです。

 

 

 

そうして、都心と郊外の二重生活を実現。

 

埼玉のマンションを購入した時に、1階部分が空室でスカスカだったんです。

 

だいぶ頑張って埋めたのですが、ふと思いついたのが、どうせ埋まりづらいなら、下手にリフォームしてコストをかけても、家賃収入では数年しないと元が取れないんだとしたら、いっそ、遊べる場所、物が置いておける場所、を作ってしまえと。いったん自分で使っちゃおうと。

 

こうして賃貸用マンションの空室を自ら使う、リノベーションして基地にする、そしてその分、都心の家をダウンサイズする、という発想に行き着きました。

 

この基地は(というかマンション1棟は)、入居者からいただいた家賃で返済をしているので、平たく言うと「自分の居場所をタダで手に入れた」ということになります。かつプラス利益も生んでいます。

 

自分で使わずに貸し出せば、さらにプラスの利益になるという考えもありますが、都心の家をダウンサイズできるなら、トータルではかなりリーズナブルに自分の場所を作ることができるのではと。

 

そして、この目処を立てると同時に、ダウンサイズした都心の居場所、を探している中、たまたま今住んでいる狭小戸建てを見つけ、今は都心と郊外の往復生活が、一応の完成形?になったという訳です。

 

さらにその後、父がサバベのならびの部屋に越してきて、今はそのならびに叔母も引っ越してきました。

孫の顔を定期的に見せられる親孝行の場所でもあり、親族長屋でもあります(笑)

 

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その瞬間に目の前に見えているのは点であっても、軌跡をたどるといつの間にか線になっている。
線になってから、後から振り返ると、それらの点は必然であったと気づく。

 

まさに今、これを実感しています。

 

 

 

これからのこと。

 

今後どうするかというと、都心の家も、サバべもずっと持ち続けるかは正直わかりません。

 

都心の家は誰かに貸すかもしれません。売ってしまうかもしれません。
サバーバンBASEはシェアハウスにするかもしれません。
新たなBASEを作り、3拠点生活になるかもしれません。
ひょっとしたら、日本にいないかもしれません。

 

これまでの5年で変化があったように、この先の5年、10年、もっと大きな変化があることでしょう。その変化にあわせて住まい方を変えていくのだと思います。

 

なにせこの20年で12回も住まいを変えてきた私ですから。

 

 

住まいをめぐる冒険はまだまだ続きそうです。

 

—-

 

今回はリノベーションに関係ない話題ですみません。。次回から、また「今」の話題に戻します。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

漆原秀

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update:2014-05-02 23:44 author:漆原秀

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